『神姫バトルGETSET・READY……BATTLESTART!』
開始の合図とともに、ブリュンヒルデは高速で後ろに下がる。
一方のゲルヒルデはその場を動かない。
ブリュンヒルデの装備を見て、高速機動での遠距離線を挑んでくることはわかっていたのだろう。
機動力で劣る以上、無駄な追いかけっこには付き合わないということか。
「だったら……」
先制で一発お見舞いしてやる。
後方に下がりながらも、チャージしたレーザーライフルを構える。
まずは一発。
「いっけぇぇ」
天使型神姫の最大の特徴とも言える大型レーザーライフルから、大口径のレーザーが迸り、一直線にゲルヒルデへと向かっていく。
しかし、向かってくる光の奔流を前にゲルヒルデは避けるそぶりすら見せない。
レーザーの光は、まともにゲルヒルデに吸い込まれていった。
「やった……」
だが……。
光が収まった後には、両腕を交差し、レーザーを防ぎきったゲルヒルデが悠然とたたずんでいた。
「そんな……」
先ほどより多少位置が下がっているようだが、目立った傷はほとんどない。
『ヒルデッ、右だ!』
警告の声が聞こえると同時にブリュンヒルデは反応していた。
そちらのほうを見るなんて間抜けな真似はしない。
エクステンドブースターをふかし、急速に後退する。
目の前を、プチマスィーンズの一体が放ったレーザーが通り過ぎる。
『油断するな。どんどん来るぞ』
ゲルヒルデから目を離さないまま、マスターから送られてくる周辺情報を確認する。
いつの間に配置したのか、すでに二体のプチマスィーンズに挟まれているようだ。
そのうちの一体、左上空にいたものが、レーザーを放ちながら突進してくる。
同時に、右前方の一体も、ブリュンヒルデの動きを牽制する様にレーザーを放ってくる。
それらの攻撃をかわしながら、突進してくるプチマスィーンズに左手でアルヴォLP4を抜いて銃撃する。
プチマスィーンズは身軽にその銃撃をかわすも、突進の勢いは落ちる。
その隙にヒルデは再度後退するため、エクステンドブースターに火をいれる。
『ヒルデ、後ろだ!』
その瞬間、マスターからの警告の声が上がる。
だが、前方の敵に意識を集中し、後退する準備をしていたヒルデには間に合わない。
「きゃぁっ」
いつの間にか後ろへと回りこんでいたプチマスィーンズからの一撃が、無防備なヒルデの背中へとまともに命中する。
『ヒルデっ!』
この機を逃すまいと、前方の二体もすかさず追撃をかけるため、レーザーを連射しながら突進してきた。
「くぅっ」
体勢の崩れたヒルデに、三方からの攻撃が集中する。
しかし……。
「このくらいっ!」
前方のプチマスィーンズの位置と攻撃は、すでに見切っている。
片方のレーザーを右に動いてかわし、時間差で来るもう一本のレーザーは、エクステンドブースターを片方だけふかして、駒のように九十度回転しながら移動することで、体をかわして避ける。
と同時に、後ろから放たれた一本も、上体を反らし、紙一重で避けた。
そして、その場所からは前方の二体のプチマスィーンズが一直線に並んで見えた。
第二射が放たれるよりも早く、ヒルデは得物を構える。
右手のレーザーライフルを前方の二体を貫く様に発射。すかさず左手でハンドガンを抜き放ち、後ろから追撃してこようとしていた一体に銃撃。
「邪魔ですっ」
ほとんど同時に放たれた大口径レーザーと銃弾は、それぞれの目標へとまっすぐに突き進む。
だが、当たるかと思われた瞬間、三体のプチマスィーンズは身軽にも、ひょいと危なげなく攻撃の射線から飛びのいてみせる。
「やっぱり、当たらない……」
通常のプチマスィーンズの動きではなかった。
プチマスィーンズは自立型の支援攻撃機。
ある程度は自分の判断で行動してくれるが、今のような咄嗟の回避行動などの戦況判断ができるほど複雑なルーチンは組み込まれていないはずだし、そんな容量もないはずだ。
なら、プチマスィーンズの本体であるゲルヒルデが直接操っているということになるが、それにしてはあまりにその動きが滑らか過ぎる。
小型機を直接操作するには、本体にデータを送信し、本体がそれを元に判断し、そのデータを小型機へ送り返す必要がある。
その時間は人間にすればゼロにも等しいものだが、神姫であるヒルデには大きな隙として付け込める時間のはずだった。
だが、このプチマスィーンズたちは、その隙が少ない。
決してゼロではないが、他のプチマスィーンズに比べて大きく減少している。
その差が、違和感として、目の前の小型機への対応を間違えさせる要因の一つになっているのだろう。
だが、ゼロではないということは、逆に言えば本体とのデータ交換で直接操作されているのは間違いないということだ。
問題は、どうやって普通のプチマスィーンズより時間を短縮しているかということ……。
『ヒルデ、プチマスィーンズばかりに気をとられるな。本体が来るぞ』
マスターの言葉に改めて相手の位置を把握しなおす。
確かに、ゲルヒルデが近づいてきている。
そんなに早くはない。
機動力という点ではゲルヒルデは決して褒められた性能ではないのだ。
だが追いつかれ、一撃でももらえばアウトだ。
何とか距離をとらなければいけないが、周りを飛び回るプチマスィーンズが決して逃がすまいと攻撃を仕掛けてくる。狙い自体はそう正確なものではなく、どちらかといえば単調な攻撃なので避けられなくはないが、ひたすら鬱陶しい。
「そっちがそのつもりなら……」
ヒルデは、プチマスィーンズの攻撃の間、僅かな隙間に滑り込むと、LC3レーザーライフルを構えた。
ゲルヒルデに向けて。
先ほどの攻撃はガードされ、一見効いていないように見えたが、決して無傷だったわけじゃない。
その証拠に、仮想データ上のゲルヒルデのLPは減少している。
仮想データである以上、それがそのまま相手の状態を表しているとは限らないが、自分の攻撃が効かないわけではないのだ。
プチマスィーンズの相手をしながら消耗するより、倒すべき本体を少しでも削っていく……。
「もう一度、いっけえぇぇぇ」
ブリュンヒルデの手元から放たれた光が、ゲルヒルデに向けて一直線に進む。
今度も、ゲルヒルデに避ける意思はないようだ。
微動だにせずに佇む犬型神姫に、大口径のレーザー光が吸い込まれていく。
命中。
が、光が途切れた後、そこには今度こそ無傷のゲルヒルデが、両手を前に突き出して立っていた。
その手の周りから、きらきらとした光の粒子が発生し、体全体を包み込んでいる。
「あれは……忠実なる守り手!」
強力な防御スキルが、レーザーライフルによるダメージを全て防ぎきっていた。
『ヒルデ、危ないっ』
「えっ?」
自らの攻撃が防がれたことに呆然としていたブリュンヒルデは、マスターのその声に反応できない。
「きゃあぁぁっ」
周りに浮かんでいたプチマスィーンズがそんな隙を見逃すはずもなく、一斉にブリュンヒルデに向けてレーザーを浴びせてきた。
『大丈夫か?』
「はい……」
すぐさま体勢を立て直し、なんとかそれ以上は喰らわないようにしたが、大きなダメージを受けてしまった。
「マスター、ブースターが……」
『あぁ、向こうはお前の機動力を殺すつもりのようだな』
今の攻撃は、ブリュンヒルデの体ではなく、背中のエクステンドブースターを狙ったものだった。
ダメージを受けたエクステンドブースターは黒い煙を上げている。おそらくもって後一回だろう。
ブースターの使えなくなったブリュンヒルデは、大きく距離をとることもできず、ますますプチマスィーンズの攻撃を避けるだけで精一杯になっていた。
その間に、じりじりとゲルヒルデが近づいてくる。
『ヒルデ……』
「はい、わかっています。マスター」
このままでは、距離を詰められ、相手の得意な格闘戦に持ち込まれてしまう。
しかも、プチマスィーンズ達の攻撃にさらされながらだ。
そうなったら勝ち目はない。
だが、どうすることもできずに近づいてくる犬型神姫を睨み付けることしかできない。
「やぁ、ようやく追いついた」
ゲルヒルデが、間合いを詰めながら話しかけてくる。
「この辺で、追いかけっこは終わりにさせてもらおうか」
間合いに入ったのだろう。ゲルヒルデが拳を固めて構えをとる。
その瞬間……。
『今だっ!』
「はいっ!」
ブリュンヒルデは、黒煙を上げるエクステンドブースターに最後の火をともし、その場から離脱する。
前へと向けて……。
「エンジェリック・スカイ!」
最後のブースターで再び逃げ出すのかと思って身構えていたゲルヒルデは、その相手が突然自分に向けて、それも今までよりさらに速いスピードで突っ込んできたことで驚き、咄嗟に両腕を体の前で交差して、ガードしようとする。
だが、ブリュンヒルデは犬型神姫へ向けて一直線に突進すると、その脇をすり抜け、そのまま反対方向へ距離をとって、くるりと振り返った。
「見えたっ」
両腕を交差し、体を守ろうとしている犬型神姫の背中。
そこには、プチマスィーンズが一体張り付いていた。
「エネルギーチャージ完了、行きますっ」
ブリュンヒルデの構えるLC3レーザーライフルにばちばちと紫電が走るほどの凄まじいエネルギーが集まっている。
その全てを収束し、ゲルヒルデの無防備な背中、そこに張り付いたプチマスィーンズへと狙いを定める。
「ハイッパァァ・ブラストオォォォォ」