「で、まさかそのご指名の相手がエッジウォーカーとはね」

「それは昔の事だと言っただろう、公安」

 ジークルーネの対面で、神姫用の椅子に腰かけた隻眼の悪魔型神姫が渋い顔をする。

「それなら、公安なのはボクのマスターであって、ボク自身は単なる一神姫だってば」

 片目で軽く睨んでくる悪魔型神姫に、ジークルーネはため息をつく。

「それで、なんでわざわざボクに?」

「こういったことはそっちの管轄だと思ったからね」

 こういったことというのは、もちろん神姫用麻薬プログラムの事だろう。

「けど、なんでシェオルさんがわざわざそんな依頼を?」

 シェオルの顔がわずかに曇る。この悪魔型神姫がそんな顔をするのは少し珍しいかもしれない。だが、ジークルーネは今のシェオルがそうやって表情を変えるのがどんな時か、誰を思ってなのか、わずかばかりだが知っていた。

「ウチに、そのプログラムの中毒になった患者が担ぎこまれたんだ」

 それだけで、十分だった。患者のため。今のシェオルの動機で、それ以上のものはないだろう。

 そして、患者に必要ならばどんな手段も辞さない。例え万の軍勢にたった一人で立ち向かうことになったとしても。

 そのことを知っているジークルーネは、それ以上その話を聞くことはしなかった。

「話はできる?」

「正直難しいな、人間の麻薬中毒患者と一緒だ、禁断症状でまともな判断能力がなくなっている」

「そのウィルスプログラムを除去すればすむ話なんじゃないの?」

「それが、そう簡単にはいかないんだ」

 このウィルスプログラムは互いに連動した二種類のプログラムでできているらしい。

 まず一つ目はCSCに働きかけ、神姫の精神状態を躁状態にし、酩酊感や多幸感、ひいては万能感などを与えるプログラム。

 こちらは時間とともに自己崩壊するように設定されているため、症状もそう長くは続かず、放っておいてもすぐに除去されてしまう。

「問題なのは、もう一つの方のプログラムでね」

 もう一つ、そのプログラムは神姫のCSCに寄生する様な形で植えつけられるのだと言う。

「効果は、前者のプログラムが働いていない状態でいることに耐えられなくなるもの。つまり、こちらが中毒プログラムの本命といったところかな」

 しかも、ご丁寧なことに前者のプログラムが使用された回数をカウントし、回を重ねるごとに精神への負荷を強めていくのだという。

「何を考えてこんなプログラムをつくったのか、悪戯にしては度が過ぎている。悪意しか感じられない。しかも、CSCのシステムと一体化しているために無理やり消去すると神姫の精神に悪影響が出る可能性が高い。最悪、廃人状態にしかねない」

 今、シェオルのマスターがワクチンプログラムを作製しているそうだが、後遺症を残さないようにわずかずつしかプログラムの除去ができないらしい。

 その間、プログラムによって精神状態を不安定にされた患者はひたすら麻薬プログラムを求める。ひどい時には情緒の不安定さから疑心暗鬼に陥り、暴れだすこともあるという。

 まさに、人間の麻薬中毒患者と同じ症状だ。

「治療法も人間と同じで、暴れる患者をクレイドルに縛りつけて毎日少しずつ除去していくしかない」

「暴れるんだったら、充電させなきゃいいんじゃないの?」

「それではワクチンプログラムの投与すらできないよ」

「そっか」

 神姫に人間と同等の意味での疲労は存在しないが、心なしかシェオルの表情は疲れがたまっているようにも見えた。

「本当なら、わたしが直接出向きたいところだけど、今目の前の患者を放っておくわけにはいかないんでね」

「それはいいんだけどさ、なんでボクなの? 警察はともかく、MMS管理機構とかに連絡すれば何か手は打ってくれると思うけど?」

「MMS管理機構か」

 シェオルが難しい顔をして腕を組む。

「確かに、何らかの手は打ってくれるだろうけど、彼等の対応能力がどんなものか、前回の事件でよく分かった」

 前回の事件……。

 イリーガルレプリカ討伐指令。

 大量発生したイリーガルレプリカと呼ばれる謎の神姫たちが、一般の神姫たちを襲った事件。MMS管理機構はこのイリーガルレプリカたちを制御しきれず、一般の武装神姫にこれの討伐を依頼した。

 その時、ジークルーネもまたシェオルとともに戦場に立ったのだが……。

「どうも、管理機構は信用できない。それに、事件の迅速な解決を求めるなら、管理機構よりキミに頼んだ方が確実だろう」

「う、ん……」

 その、まるでジークルーネを信頼しているかの様な言い方には少し気恥ずかしさも感じるが、それはあくまで客観的な意見なのだろう。

 実際MMS管理機構を信用しきれないというのは、ジークルーネも同感だった。ジークルーネ達の情報力をもってしても、管理機構には謎が多い。

「できれば、ワクチンプログラムか、せめてウィルスプログラムの本体でも手に入れば治療の役に立つんだが、そこまで期待するのもなんだし。ともかく、二度とこのようなことが起こらないようにして欲しい」

 一見すると正義感から出たようにも思えるその言葉も、その主語は治療した患者が、ということなのだろう。

 どこまでも患者優先。だが、だからこそ彼女は信頼できる。

 すべてを救えはしないと、そう割り切りながらも、自らが救うべき対象を見定め、それだけは決して見捨てないから。

 ジークルーネが愛するあの天使の様な甘さはないが、その優しさにはどこか共通する部分がある。そんな気がする。

 そして、守りたいものがあるのは、自分も同じだから。

 だから、ジークルーネは誓う。

「うん、この事件、ボクが必ず何とかしてみせるよ」

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