「と、言ったはいいものの……」
ジークルーネはどうしたものかと悩んでいた。
名前以外、手掛かりはほとんどない。雲をつかむような話だ。
「ま、そんなこと言ってても始まらないし、とりあえずは検索でもしてみるか」
まずは、一般の検索サイトでネット上の情報を拾ってみる。
すると……。
「マジで?」
あっさりと、大量の情報が引っ掛かった。
ジークルーネは知らなかったが、巷ではずいぶんと評判になってるらしい。
その効果も状態も真偽はともかく様々な情報が乗っている。
そして……。
「こりゃまた堂々と……」
プリンセス・ドラッグ販売サイトも、簡単に見つかった。
シェオルのところに居た患者の状態や、ドラッグという名称から、ジークルーネからしてみれば違法品という先入観があったが、考えてみれば法上の違法性すら微妙な状態なのだ。本人からしたらまったく罪の意識なんてないかもしれない。
「しかし、こりゃまた高いな」
それは、使い捨てのプログラムとしてはなかなか高価な品だった。
とはいえ、一回分の値段は一般のアプリケーション等のプログラムと比べれば安いものだし、感覚的に騙されてしまうかもしれない。
また、5回分までお試しとして無料配布されている。
「つまり、この5回で中毒にするには十分ってことか……」
その後は、ひたすら買い続けるしかなくなるというわけだ。
うまい、というより本物の麻薬と同じ商法といったところか。
「けど、不満や文句も結構出てるな、そりゃそうか」
見た感じ被害者は結構な数に上るようだ。放っておいても近いうちに問題になるだろう。
民事訴訟はもちろん、これだけの被害が出ていれば器物破損で警察の介入もありうる。
その意味ではあまり賢い商売とは言えなかった。
「マスターのやつ、何が警察は動かないだ、どうせまた情報収集サボったんだろ。まったく面倒なことはいつもボクにやらせるんだから……」
しかし、マスターの方は単なる横着にしても、シェオルの方の意思は明らかだった。
患者のため、迅速な解決を。
警察の逮捕や裁判を待っていたのでは遅すぎるのだ。
この時点でテロの可能性は限りなく低くなったため、公安調査庁としての立場から言えば後は警察に任せてもよかったのだが、シェオルの胸の内を思えばここで放り出すのは忍びなかった。
「ま、そんな複雑な案件でもなかったみたいだし、さくっと終わらせてやりますか」
販売サイトのゲートウェイからサーバーを経由し、ファイアウォールを乗り越え、パスワードを解除して販売者のPCに潜りこむ。
ごく普通の市販ソフトに多少手を加えている程度で、あくまで個人レベルのセキュリティだ。
「こりゃぁ、本当にただの愉快犯か、あの値段からすればお金が目的かな?」
ジークルーネは、とりあえずPCの中から必要な情報だけを抽出するため、検索をかける。
その時、声がした。
「誰……?」
声のした方に振り向くと、そこには花型神姫が一人、虚ろな瞳でジークルーネを眺めていた。
「ボクはジークルーネ。キミこそ、誰かな?」
「私はソムニフェルム……。ジークルーネは、オーナーに何か用なの?」
と言うことは、この神姫はプリンセス・ドラッグの販売者の神姫か。
「……そうだね、ボクはキミのオーナーに用があってここまで来たんだ」
「そう、でもダメよ? ちゃんと、ルール通りにしてくれないと」
ルール、というのはお金を振り込めということだろうか? つまりはプログラムを買いに来たお客だと思われているわけだ。
「生憎だけど、そういう用件じゃないんだ。それに関係することではあるけど、ボクは客じゃない」
ジークルーネのその言葉にも、ソムニフェルムと名乗った神姫は表情を動かさない。
「そうなの? でも、どっちでもダメ。ルールを守らないのも、勝手に入ってくるのも、みんなオーナーの敵……」
「……っ」
この神姫は、侵入者を迎撃するように命令されていたのか。ならば迎撃するまでと、目の前の神姫に対して身構える。
しかし……。
「セティゲルム、ブラクテアツム、捕まえて……」
その声と同時に、突然後ろから両腕を掴まれる。
「なっ……」
肩越しに振り返ると、種型神姫とサンタ型神姫がジークルーネの左右から挟みこむように両腕を押さえつけていた。
「悪い子には……」
「お仕置き……」
両側から耳元に囁きかける声に、何故だかぞっとする。
何とか逃れようとするが、二人がかりで押さえ込まれているため咄嗟に振りほどけない。
「ダメよ、逃げちゃ……」
後ろの二人に気をとられた隙に、花型神姫が目の前に迫っていた。
その手には、注射器が……。
「しまっ……」
気付いた時には、首筋にその注射が打ち込まれていた。